行くべいか花野を遥か向こうまで

恐ろしいほど古い人間である。
さらに加えて、田舎育ちである。であるのに(ここを強調したい! )、花、木、虫、ことごとくすっからかんのダメである。見かけてもただ単に、あ花だ! あ木だ! あ虫だ! でおしまい、それ以上は一歩たりとも進展しない。
それ以上進展しないとどうなるかと言えば、花でも虫でも、彼らの身の上に思いを馳せることが出来ない。おうおう! こんなところによう咲いたなあ、とか、いま、ここでこの虫が鳴くのかあ? とか思いようがなくなる。さみしー。
どうしてこうなってしまったんだろうと、今頃になって大悔みだ。生まれついての呆け頭であることは間違いないが、なんでもよく覚える子供のころ、とにかく野っぱらを駆けまわることだけに大忙しで、小さな花や虫に関心を向けなかったのではないかと思う。
しかし野っぱらで接する機会が多ければ、自然と覚えるだろうに。ところがぎっちょん! 彼らの姿を頻繁に見たとしても、関心を向行けなければ見ないも同然、ただ目の前をすう~っと通り越して、それでおしまい。どうにもならんわナ。
そんなことで、彼ら小さいものに詳しい人に対しては、もう無条件で尊敬、ブログなどでよく見かける(見かけるでいいのか? )そういう人は、なんだか皆イケメン、イケ女ではないかとさえ思う。顔が見えないのがおおきに残念だ。
ごちゃごちゃ言い訳を並べないで、覚えろ! という具合にはいかない。ただでさえ、ぶっくれ頭なのに、その上年をとったらもうゴミくずみたいなもの、覚える前に忘れてしまう。Googleさんなどに教えてもらっても、3歩あるけば、もう霧になって空に消えている。
「今でしょ! 」は実に真実を突いている。そのときやらなければ、もうダメだ遅い、ということはゴマンとあるように思われる。しかし憐れ! 平気の平三郎で後回しにして、はっと思ったときは、もう手遅れなのだ。いやいや、なんともはや。
野っぱら歩きだけは昔取った杵柄、大好きが持続している。
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