
目にも止まらない一瞬のカワセミ。
光沢のあるコバルト色が煌めいたと思った瞬間に、もう姿が見えない。時として川岸に止まって、川面を穴が開くほどじっと睨んだりしているが、この時は羽をたたんでいるので、宝石の輝きは隠されているらしい。
バズーカ砲のような巨大レンズを構えたおじさんたちが、水際に砲列を並べてじっとカワセミの出現を待っている。姿が見るか見えないかのうちに、シャター音がカシャカシャカシャと響き渡り、たぶん素晴らしい一瞬を切り取った写真が写っていることだろう。
羽色が地味でおとなしい日本の鳥の中にあって、目の覚めるような光沢をもっているから人気があるのだろうと思う。また雀の如くどこにでも散らばっている、ということもないから滅多に目られない、ゆえに人気がある、ということもあるかも知れない。
鳥類は、一部穀物を餌とするのもいるが、大概はなにを隠そう肉食であるらしい。さすが恐竜の子孫と言われるだけあって、見かけによらず性質は獰猛のようである。カワセミでさえ狙った魚は逃さず、自分の体ほどもあるのを、ケロッと丸呑みしてしまう。
世の中には食うものと食われるものしかいない。もしもこの世を神様が創ったのであれば、ずいぶん皮肉な神様の製造になるものだと思う。食うものでもなく、食われるものでもない、という中途半端な存在を創造できなかったのだろうか。
これを截然と分けてしまったから、宇宙開闢以来、食う、食われるで、まことに世に争いは絶えないことになってしまった。うっかりしていると、食ったつもりが食われていた、なんてことも起きる。空気でも吸って平然と生きている生物を作ってほしかった。
人間はしかし、理性でこれを止めなければなぁ!

アメンボは小さな水たまりにいる。
どうしてこんなエサもなさそうなところで嬉々としていられるのか、大いに理解に苦しむ。井の中の蛙、どころの騒ぎじゃない。水たまりが干上がってしまえば、たちまち住むところがなくなってしまう。冗談ではない!
たぶん彼らは地球を知らない。ドデカイ大地があり、想像を絶する大海があることを知らない。ましてや、ふと頭の上を見上げればそこに、果てしもない悠久の宇宙が広がりっぱなし、ということなど思いも及ばないに違いない。
という具合にアメンボをコケにしていたら、なんだかだんだんと哀しくなってきた。これはアメンボじゃなく、自分のことではないのか。何しろ広い世界をちっとも知らない。海外に足を踏ん出したこともなく、ましてや宇宙などとんでもない話だ。
いま住んでいる狭いこの辺りを、うろうろふらふら歩き回っているだけで、アメンボと大同小異なんだから、彼をコケにすればするだけ自分に跳ね返ってきた。しかしなんだか、自分は世界を知っているような気がしている。
日本列島何処へ行っても、こことあんまり変わらないだろう。世界を巡っても、そこはヒトが住むところなんだから、日本と大して変わらんだろう。宇宙!? そんな死の世界に用事はない。ということを、知っているような気がする。
アメンボから反論が来た。人間だからと言って,オレをコケにすんじゃねえ! お前らだってついこの間まで、ごく狭い世界で、しこしこしていたじゃあないか。昭和戦前まで、日本人のだれが列島隈なく歩いたか、だれが地球を経巡ったか。
そう反論されれば、そんな気もしてきた。広い地球を見て回らなくても、当時の人はひょっとすると十分満足していたのではないのだろうか。世界はこんなもんだろう、と思えばそれでいいのではないか、という気がしてきた。
アメンボ君、ごめんよ。