多摩たま日誌

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「一句一ブログはボケ抑え」・・・できるかな?

静けさや鈴虫の音のひときわに

多摩たま



 知人から鈴虫を数匹もらったことがある。


 ビニール袋に入ったそれは、なにやらゴマ粒のようであり、頼りなく儚げであり、とうてい生かしておくことは難しいだろうと思われた。それでも、せっかくだからと自宅に持ち帰り、プラスチックのケースに放り込んでおいた。


 生きていれば何か食うモノが必用だろうからと、きゅうりやナスの切れっぱしなども入れておいて、しばらく知らん顔をしていた。そしてあるとき、ふたを開けてみたら、なんとまあ、ゴマ粒が大きくなって、しかも数が増え、わらわらと動いていた。


 これには全く、あっと驚く為五郎であった。そこで、こころを入れ替え、きゅうり、ナスの切れっぱしを取り換えなど世話をしたら、さらに驚くべきことにチリリ、チリリと鳴き出したではないか。電気を消した後この声を聞くと、秋の夜が更に静かになるようだった。




 検索してみたら、羽のようなものを震わせて音を出すらしい。しかしその羽のようなものは極めて短く、小さく、あんなものを震わせた程度で、よくもまあ、人の耳に十分感知できる音が出せるものだと感心してしまった。


 また、虫の音を愛でるのは、中国人や日本人であって、西洋人はあれを雑音としか認識しないのだそうだ。よって、西洋人はデリカシーに欠ける、などと短絡してはいかんだろうけれど、これもまた不思議な現象だと思う。




 などと言っておいてなんだが、どういうわけか、近頃とんと虫の音が聞けなくなって、静かな秋の夜に虫の音を愛でて情緒に浸る、なんてことが全くなくなってしまった。聞こえるのはガサガサのテレビだけである。


 これはもしかすると、ネットなんぞにひたすら拘らって、しょうもないクズ情報ばかり頭に詰め込んでいるこの身に天罰が下ったのかもしれない。それとも、我が行いを顧みず身びいきで考えて、秋鳴く虫が激減してしまったのだろうか。



 虫愛でる姫、その音色も愛でたのかナ




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