道野辺の冬温かく野の仏

ごっそりと衣服の入れ替えをした。
入れ替えたけれど、なにやら暖冬の兆しこれあり、もし寒さの冬をおろおろ歩かなくて済むならこれは嬉しい。世の中の変化に弱くなったのはもちろんのこと、暑さにも寒さにもまるっきり弱くなったので穏やかにゆるゆると過ぎてほしい。
今年は少し遅れているようだが、これからサザンカが街の明かりのように点滅し、モミジが色ずき、木の葉がちらちらと舞うように季節は変化してゆくだろうけれど、その変化が温かい冬の陽射しの中で経過してくれればありがたい。
今年の夏は狂ったように暑く、かつまた長かった。人によっては、6,7,8,9月が夏だ! と言う人もある。そうすると秋は10,11,12月であり、冬が1,2月ということとなる。わずか2か月ばかりの寒さを我慢すればいいだ。
そんな按配になるなら、1月はやれ正月だ、なんだかんだで大騒ぎの内に紛らかし、2月だけ、う~、さぶさぶ、と口に出してこれも紛らかし、そうしているうちに憎っくき冬は終わるに違いない。取らぬ狸の冬算用ではあるけれど。
せいぜいがところ、火鉢と炬燵の時代も長かった。これらはいずれも、傍を離れれば、う~、さぶさぶ、であったが、そこにへばり着いてばかりいては何もできない。しょうがないから離れて何かしていたはず、しかしみんな平気な顔をしていたよなあ。
ヒトという動物は、なんだろうがかんだろうが、遮二無二馴れてしまう。なにしろ冬のベーリング海を渡ってしまったというから、狂気の沙汰ではない。そうして地球上あらゆるところにはびこった。そう思うと、今の時代の冬なんぞ、屁みたいなものか!
さはさりながら、暖冬がいいなあ!
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