老いの身の仕事始は散歩かな

暮れから正月へ、呑んだくれが続き調子がよくない。
とはいってもこの度は、正月酒を買いととのえたわけではなく、あくまでずぼらを決め込んで、残っていた酒をかっ喰らった。鹿児島の島焼酎にお湯を注いで熱燗に見たてて呑み、無くなると貰い物のワインを呑み、それもくなって仕方なく日本酒を買ってきた。
という按排で、和洋こき交ぜのめちゃくちゃ酒だったが、どこにも出かけずの連日の呑んだくれである。話よれば、アルコール分解酵素を二組持つ人と、一組だけの人と、そして全く持たない人と、があるそうだ。
案ずるに、どうも大酒は飲めないから、一組しか所持していないらしい。だから体もなく酔っぱらってしまう。酔うと頭の中が得体のしれない霞で一杯になって、モノを考えるどころか立ってだっていられない。ただごろごろしている。
これが一週間も続行けば、どうもいくない。なんとかせにゃダメかナと思う。なんとかと言ってもどうすりゃいいのか、せいぜい散歩するぐらいしか思いつかないのだが、暮れの散歩でふくらはぎが肉離れを起こし、未だ治りきってない。困ったもんだ。
仕方がないから、散歩したつもりになろう。まずどこへ行こうか。まあ水辺がいいな、ちょろちょろ流れる、年改まった水は気分がいいかもしれない。体に溜まった酒の毒気を洗い流してくれるかもしれない。
こんなふうに柄にもなく健康のことを考えるのは欲があるからだ。その欲は、死んでも生きていたい! という、なんだかよく分からない欲望である。そんな無茶苦茶な望みを叶えてくれるのかどうか知らないが・・・
なにしろ初詣にもいかなかったしなあ。
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