アルプスの水滔々とわさび園

アルプスの残雪を目にすると、いつでもはっとする。
麓は既に春、花咲き草萌える目のかなた遥かに、真っ白い壁が燦然として陽を照り返し、中腹が空の色に染まって霞んでいるから、まるで空の高みに嶺々だけが忽然と浮かび上がったように見える。この光景を見るたびに、息を呑む思いがする。
甲府盆地でこれを見ると、空のうんと高いところに嶺の一部が浮かんでいるだけだが、安曇野あたりでは、嶺々が堂々と横に連なって長く続き、果ては青い空に溶け込むように消えている。麓の春と、空のかなたの冬が同居して、いっぺんに眺めることが出来る。
地図を見ると、アルプスの雪解け水は前山を穿って流れ出し、安曇野の野を潤し松本盆地に集められているようである。だから松本は水が旨いに違いない。それがわさびにとっても旨い水なのだろう、大きなわさび園がある。
ただ盆地のただ中だから、木陰というものがない。だから陽差しは、照れば照ったきりということになる。それで、わさびの上に黒い紗のような網が被せてある。そんなわけで、あのわさびの瑞々しい緑色は隠れんぼしている。
松本盆地に集まった水は、長野盆地を隔てる深い山あいを岩を噛みながら屈曲して流れ、長野市の東南で千曲川と合流する。そして遠く新潟まで流れ込んで信濃川となる。信濃川の水は遥かなアルプスの水だと思えば、これもまたうまいに違いない。
不思議なことに(不思議でも何でもないか)、松本のちょっと北、白馬のあたりに降った雨は、わき目もふらず、いちもくさんに糸魚川を目指し、そうして日本海の海辺にヒスイを運んでいる。ともかくここは中央地溝帯だから、なかなか複雑なのだ。
本物のわさびはなかなか食えない。
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