春深し千曲の岸辺緑濃く

大昔だが千曲川の上流部を歩いたことがある。
野辺山の駅の駐車場に車をぶっ込んで、とことこ畑の間を歩いて千曲川の岸っぱたに向かった。うろ覚えだけれど、そのとき春もやや深まっていて、たしかカラマツの新芽がいやに鮮やかに、目を射したように覚えている。
いま歩いている道は旧街道らしい。人も車もちっともいない。現在の立派な国道は少し下流から一気に野辺山に登っていてここらを通らない。畑の中を下って行くと川が見えた。しかしこれはどうも支流らしい。それを知らずに何枚も写真を撮った。
空は申し訳ないほどよく晴れて、そよ風が吹いている。気分よく歩いて川上村の中心あたり出た。どん詰まりの村で、上流を窺うとずいぶん奥深いらしいが、道は行き止まりである。いつかまたこの上流を歩いてみたいと思う。
千曲川本流の橋を渡る。ひょいっと下を見たら、岸辺の岩を切り裂いて深いところに紺碧の水が滔々と流れていた。さすがに千曲、こんな上流でも堂々たるものだ。村の中を歩いていると水面は見えないが、いつも近くに奔流している気配がする。
村の中心を過ぎると両側の渓がせばまって、小海線が近づいてきた。橋の上から眺めると、切り立った岸壁のトンネルから抜出して鉄橋を渡り、反対側の岸壁のトンネルに突っ込んでゆく。まるで空中をガシガシ走っているようなものだ。
佐久広瀬駅などに至っては、街道の眼下、河原のようなところにある。おい! 洪水大丈夫なのか⁉ と心配になる。そうして旧街道は今の立派な国道に合流した。ここからしばらくは国道の歩道を歩く。両側の山がさらに迫って空が線のように細くなった。
松原湖駅から脇道が対岸に抜け、長閑な細道を行く。小海駅に近づいてくると、道脇に朽ち果てたような空き家が増えてきた。狭い場所にびっしりと建て込んで、こぼたれてゆく家々、なんとも言えず侘しく思った。小海というところは、昔は何があったのだろう。
下流に行くにつれ、少しづつ谷間が広がって、そうして佐久平の盆地が開けてきた。狭い峡谷から抜け出たように、せいせいして腕を思い切り伸ばして、春の盆地の細道を歩く。臼田駅から小海線に乗って野辺山に帰る。車窓の風景はまた味が違っていた。
小海線はどこか哀しくてそれが面白い。
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