行く春を川波に乗せ見送るや

怒涛の春が過ぎてゆく。
と言っても、この身が怒涛のように駆回ったわけでは、むろんない。ただ、こころ持の上でなんとなく、せわしなく、落着かずあたふたとして、怒涛にように感じただけなのだ。もちろん自然も人も、慌てふためいていたわけでもない。
花が咲いてそれが散って、若葉が萌えて、山がけらけら笑ってそれがおさまり、いま、ものみな静かに落着きつつあるかに思える。そうして、梅雨がその憎々し気な顔をちらほら見せだし、今度は気持ちがうんざりしてくる。
かくの如く我が感情、というかこころの起伏は、実にまあイイカラカンのものであって、なんでもないちょっとしたことに、あたふたと揺れ動く。季節の移り変わりなど、もう決まっているようなものだから、右往左往せずに落ち着いていればいいのに。
と深くふか~く反省してみたものの、あにはからんや来年の春になったらまたぞろ、彼岸が過ぎて温かくなったゾ、もう花が咲くかなア、若葉が萌えて山へ行かなきゃア、などと、こころは千々に乱れに乱れるのだろうなア。
いい齢をぶっこいているのだから、もう少し高級なことを考えねばならない。と思うものの、高尚なことは蚊の口先ほども頭に浮かんでこないのだから、考えようがない。だいたい、昔から高尚とは全く無縁である。今更どうにもならない。
となれば得意の開き直りで行くしかないだろう。春先にこころが千々に乱れてなに悪かろう、乱れさせておけばいいじゃないか。世間様に大迷惑をかけているわけじゃない。自分ひとりの問題だから、なるようにしかならないじゃないか。
行く川に惜春の情乗せてゆく。