暑気も憂さも根こそぎ流せ秋出水

もういいかげん、このぐズグズともやもやと、どっかへ打っちゃってしまいたい。
すでに死ぬほど不平を並べ、文句を垂れ、言い訳も重ねたけど、もうみんないいや。流れる水に、このあれこれ全~~ぶをぶち込んで、きれいさっぱり、清々しくなりたい。
もし「ヒトは気分しだい! 」であるならば、その気分というものを是が非でも、何が何でも強制的に変えてしまう、これだ!
環境を変えずに気分だけを無理くり変える、というのは、どうも難しそうだ。そんな器用さも強力な意志も、どうやら持ち合わせがないように思う。
ならば、身の置き所を変えるに如かず、とりあえずは、表に出てみればいい。だが、なにしろ、朝夕の涼しき間に散歩するなどと言う、工夫も知恵も持ち合わせない。(昨年までは朝に散歩していたけれど、今年はどういうわけのものか、すっかりその気が失せた。)
だからもうめんどくさい。日盛りであろうが知ったこっちゃない。世間が、NHKが、なんと言おうとも、構ったことではない。憐れ、搬送されるような憂き目に遭おうとも、万難排し我行かん。(大丈夫かなあ? )
しかしこんなもんで気分が変わり、ズグズともやもやがどこかへ流れていくものだろうか!? と考えてはいかん。そのように考えるのが全くもってのほか、考えないことだ、考えないでただ行動することだ。そうでないと、幸せの女神の後ろ髪は掴めないゾ。
と言う具合に、盛んに自己暗示をかけまくって、それで一滴ほどの元気を絞り出そうと思う。なにしろ「ヒトは気分しだい! 」をひたすらに信じ、ユメ疑うことなく、自己暗示が消えないよう細心の心配りをしつつ、
さて、明日はどこへ行こう!
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