大輪のおもかげ虚し蓮枯れて

画像はイメージです。(写真がどこかへゆくえ不明につき)
蓮の花は大きくて色合いも華やかだ。白い花びらの中心部あたりから、うっすらと紅を引いたように赤みがさして、外側ではそれが、あえかに消えてゆくような花が特に好ましいと思う。バラでも山茶花でもなんでも、そういう花を好むのだ。
ず~~っとむかし、埼玉の行田というところへわざわざ見に行ったことがある。大きな花びらがわんさか開いていて見ごたえ十分、一生分の蓮を見た気になって大満足で帰ってきた。以来、よその蓮を見てもあまり感動が湧いてこない。
あるとき、花の終わった蓮田を見て、実の部分に息をのむほどびっくらこいた。なにやら化け物の複眼のように種が詰まっていて、おどろおどろしい姿かたちだったのだ。あんな美しい花に、こんな不気味な実がつくのか、と思うと裏切られたようだった。
そうして季節がさらに進むと、葉っぱも茎も茶色に枯れ果て、泥田の中で泥クズのような姿となり果てる。花が美しいだけ余計に、その変わり果て具合に目をそむけたくなる。なにやら絶世の美女の末路、小野小町の成れの果てが浮かんでくる。
ところがぎっちょん! 実は蓮はその根のあたりで、密かに大変な大仕事をしていたのだ。花が素知らぬ顔でいたから気付かなかったのだが、ちゃんと蓮根を育んでいたのだ。ほんとは蓮はいい奴だったのだ。ちゃア~~んと人の役に立っていたのだった。
というか、あの蓮根を食おうと思ったのがエライ! 泥田の中の蓮根を見て、なんじゃこりゃ、と思ったに違いないが、食えるかも、という発想がすごい。百閒さんだったか、蓮根は穴のところが旨い、といったとか言わなかったとか。
たしかに穴がなく、のっぺらぼうだったとしたら、あんまり旨くなかったかもしれない。その点で彼の慧眼を了とすべし。ただ臭いも味もしないから、単に穴があればいいというわけにもいかず、穴に芥子を詰め込んだりして、喜んで人はこれを食っている。
仏言う、やはり穴が旨い、と。
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