
珍しい花なのでしみじみと見てしまう。
花の一つ一つは小さいけれど、ランみたいな形をしてなかなかのものだ。それが芝の上にすっくと立ちあがって、少女と言えど、辺りを払う気品は自ずから身についている如くである。しかし花の時期は短いようで、咲いてたちまちどこかに消えてしまうのが惜しい。
我が野っぱら道ではあまり見かけることがない。かえって庭先の草地や公園の芝地で、思いがけなく見つけ、ああ、こんなところに! などと少なからず驚いたりする。そうして思わず見入ってしまうのだが、よく見れば美しい。
この花は別名を「捩摺」(もじずり)と言ったそうだ。なんでも石の上に布を置き、この草を押し付けてねじり模様を染めたのだとか。しかし考えてみても、そんなことで布が染まるのかどうか、色褪せない模様になるのかどうか、なんだかよく分からない。
まあ道の奥、しのぶの里にそんな伝説があったのだろうと思う。奥の細道に「早苗とる手もとや昔しのぶ摺」(芭蕉)が出ている。この時代でさえ「昔」と言っているのだから、たぶん茫々たる昔話であったのではないかと思う。
ともあれ、どうして捩くれているのだろうか。これは当人に聞いてみないと分からないところだろうが、捩くれてなんていないわ、ただ恥ずかしさに身をよじっているだけなの、などと奥ゆかしく答えるかもしれない。
この花を見て、根性がねじくれている、ケシカラン! と思うか、はたまた、美少女の俤を秘めていると見るか。どうせなら印象美しき方を選びたい。そう想って見るなら、芝草の上に凛として咲いている、と見えなくもない。
花みるこころはその人の鏡。
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