冬山にのっと顔出す富士の峰
この季節になると富士の頭がよく見える。
春から秋までは、やはり水蒸気のためだろうか、茫々と霞んでしまってその存在が分からないのだが、冬になるとくっきり姿を現す。そうして驚く。あんなデカイものがあったんだなあ、なんという孤高で神々しいんだ!!
近くの山が折り重なって、残念ながらあの優美な裾野は隠れているけれど、上半身だけでも無暗やたらにデカイ。デカイからあたりを払って抜きん出ていて、日差しに真っ白く輝く姿がなんとも神々しく目に映る。
北斎は36枚も富士の絵を描いているが、中でも「凱風快晴」が一番のお気に入り、あのたおやかな裾野の曲線と、空に浮かぶイワシ雲がなんとも言えない。ただ残念に思うのは、これは冬の姿ではないことだ。冬の富士を北斎ならどう描いたのだろうか。
北斎の富士の絵は、いずれも豪胆・不敵な構図が度肝を抜く。悪魔が牙をむいたような波がしらの遥か向こうに、ぽつんと澄ました富士、鬼のように巨大な桶の中の白い富士、高層ビルかと見まごう寺の屋根の、凧がなびく長閑な富士。
富士は無論、日本人に大人気である。富士山から遠く離れた江戸など、神社を巡れば富士塚がぎょうさんある。あまつさえ「富士塚」などという苗字さえある(現実にこの人を知っている)。かくのごとく富士は尊敬されておるのだ。
それどころではない、外国人さえも競って富士を見、そして登る。山の高さなら、外国の山の方がよっぽど高いから、高さの故の人気でもなさそうだ。なにかこう、富士山は曰く言い難い魅力があるのに違いない。それがなんであるのか、神々しさかなあ!?
ところで富士山に登ったことがない。
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