里山に陽傾いて初蛙
カワズの声はやたらに懐かしい。
田んぼに水が張られる頃、大いに鳴く。その鳴き声は、本来なら騒音と言うべきなのかも知れないが、我が耳には決して騒音などではない。とんでもなく美しく、そして愛おしく聞こえる。夕焼けのカラス同様、なにより懐かしさ余ってじ~~んとくる。
夕暮れ迫る田んぼのどこかで、ケロッ、ケロッっと軽やかに鳴く。そうかと思えば、ゲロッ、ゲロッっと汚い声の奴もいる。どんな奴がどんな声を出すのか、それは知らないけれど、み~~んなひっくるめて、懐かしく耳に響く。
陽が落ちてあたりが暗くなった日にゃあ、もう恐ろしいほどの大合唱となる。あっちでも鳴き、こっちでも大声を張り上げ、大変な騒ぎなのだが、うるせえな、この野郎どもメ、という人はまずいない。ウルセーー、と怒鳴ってみても相手は聞き入れてくれない。
この大合唱もほんの一時期のことで、しばらくすればピタリと鳴かなくなってしまう。それが分かっているからか、もし騒音と聞こえる人であっても、怒鳴りつけたりしない。黙っている。ひょとすると黙ってしんみり聞いている。
似たようなのが、秋のヒグラシ。夕暮れの山道で、どこからともなくカナカナ~とか細い、消え入りそうな鳴き声がする。この正体は知らない。鳥なんだか虫なんだかその姿を見たことがない。声はすれども姿は見せず。
このか細い声を聴くと、なぜだかしんみりしてくる。時刻が夕暮れであり、一日中歩きどうしで疲れていて、目的地はまだ先だから、ちょうどこころぼそい時である。そこへ寂しげなカナカナ~が聞こえるのだから、これは、たまったものではない。
蛙を聞きに田んぼまで。