草餅は祖母の作りが香りよし
よもぎの香り芬々の草餅を食いたい。
子供のころ食ったような記憶がある。だから今や遠き世のおもかげになってしまった。お寺の参道などでつい口にしてみるが、どうも何だか違う。よもぎの香りがしない。これは色だけ草色にしたのではないか、と凄い目つきで疑ってしまう。
いや、まだ老舗と呼ばれる味には、本物の香りがあるのかもしれないが、おいそれと手が出ない。そんな苦労までして食うものではないような気がする。懐かしいからちょと口にしてみたいだけなのだ。祖母の作りは手間暇かかって大変だろうけれど。
大昔の子供のころの味が本ものだ! と言って憚らない。いや、大声で言うと集中砲火を浴びるから、陰でコソッと言う。トマトは陽の香りがするべき、キュウリは土の香り、大根は辛い筈だ、ニンジンは臭くて食えない、・・・
しかし祖母たちはこんなことはむろん言わない。ただ黙って野っぱらからヨモギを摘んできて、あくを抜き、細かく刻んでもち米と一緒に搗き込み、そうして馨わしき草餅を作る。それを、たまたま、偶然に、ひょんなことから口にして、爺様は感涙にむせぶのだ。
これが爺様の”遠き世のおもかげ”なんだけれど、よくよく考えてみれば、これはおかしい。なんだってかんだって、世にあるものはすべて変化して止まない筈、諸行無常でひと時たりともとどまるもののない筈。これが宇宙の真理だ。
してみれば、その時その時代の味があり、人の好みがある。昔の味は、遥かに消え去ってもうどこにもない。もうどこにもない祖母の草餅を懐かしがっていては、このさき生きていけない(大げさだよ! )。今のこの時代を生きなければならぬ。
人生はこれからだ!!
(ムラゴンブログに広告がくっついて、煩わしいなあ)