「里の秋」に
し~ずかな、し~ずかな 里の~秋~
お~背戸に~ 木の実の~落ちる夜は~
ああ かあさんと~ただ二人~
栗の~実煮て~ます いろり~ばた
という歌は、なぜか知らないが覚えている。そしてこの頃の季節になると、頭の中にこの歌詞が思わず蘇ってきて、脳みそが同時にある情景を、あたかもこの目で見たかのように描き出す。その情景は、
薄紫の靄が辺りを包む秋の夕暮れ、ぽつんと一軒の茅葺農家、蓆を敷いた囲炉裏の傍、
幼い女の子とその母親、ぱちぱちはぜる囲炉裏の炎を 黙ってじっと見つめるふたり、
おりしも裏庭で、ぽ~んと木の実(栃の実かな)が落ちる音、二人は黙ってそれを聞
いている。
という、随分と寂しい情景なのだが、この歌を覚えた時からこの情景が浮かんでいたように思う(が、実際は後年になって勝手に思い込んだのかもしれない)。寂しい情景だけれど、母と子の心の中は、ちろちろと燃える囲炉裏の火のように、ほんわかと暖かい、と思い込んでいて、貧乏だとか、悲愴だとかの感情は一切思い浮かばなかった。
この歌の歌詞は、どういうわけか一番しか覚えなかったらしく、想いだすのもこれだけであった。ところがこれを書くにあたり検索してみたら、これ以降の歌詞は以下のようであった。歌のイメージががらりと一変してしまった。
二番 明るい明るい 星の空 鳴き鳴き 夜鴨の渡る夜は
ああ とうさんのあの笑顔 栗の実 食べてはおもいだす
三番 きれいなきれいな 椰子の島 しっかり守って くださいと
ああ とうさんの ご武運を 今夜もひとりで 祈ります
四番 大きく大きく なったなら 兵隊さんだよ うれしいな
ねえ かあさんよ 僕だって かならずお国を まもります
(三番 四番 は「星月夜」という詩である由)
イメージががらりと変わった個所は、
・母親と一緒に居たのは幼い女の子でなく男の子であった。
・父親は東南アジアあたりに派遣された兵士であるらしい。
・この男の子は、幼いながらも軍国の少年であるらしい。
さあ、こうなってくるといイメージは雲の如くに拡大していき、
・父親は無事に帰国し、一家は幸福な戦後を送ったのだろうか?
・残念ながら戦死したとすれば、男の子はたくましく成長し、母の助けに
なったろうか?
・それとも父の戦死で、母と子は悲惨な戦後を送らねばならなかったろうか?
・・・・・う~む、感傷屋である自分としては、一番の歌詞だけを頭に残しておいて、秋の夜に似つかわしい郷愁とした方がよかった、のかどうか!?