たまたま日記

たまにしか書かないに日記         遊びをせんとやうまれけむ   戯れせんとや・・・・

振返りながらゆくのか春


 今年の春も一段落したような、そんな気がする。


 まだ山は新緑だし、躑躅も咲いてるし、まだまだ春本番ではないか? 確かに季節の移り変わりはそうなんだろうけれど、一段落というのはあくまでこちらの勝手な気分であり、そういう感じがする。


 今年は気温が高かったのか、いろいろの花が一斉に咲き出し、桜も枝垂れも桃も華麗燦爛、競うが如くであったように思う。また、木々の芽吹きも早くて、桜が終わるかどうかという時期に、はや山肌は薄緑に染められ、瞬く間に新緑がそよぐようになった。


 それで、たまたま出かけた時に、桜の満開と、若葉の最も美しいときだったので、今年は花も新緑も、両方満喫したなあ、という気分になった。それで、気分的には「春が一段落」なのかもしれない。





 桜の方は、この欄にも書いたけれど、平井川の岸辺でどこを見ても花、花、花で、蒸せ返るような思いを味わった。この時は桜と同時に花桃も咲いていたし、連翹も咲いていたし、ムラサキナバななどの草花も咲いていた。素晴らしい眺めだった。




 


 そして、先日は旧甲州街道を相模湖から上野原まで歩いたのだが、ちょうど新緑がきれいな時期で、周囲の山の、もこもこと湧き出すような若葉が陽に映えてきらきらと、目を見張るようだった。旧街道は山の中を通じているので、周り中が新緑、若葉、萌黄だった。


  新緑を狙ってきたわけじゃないのだけれど、たまたま旧甲州街道を歩きたいと思った時がちょうど新緑真っ盛り、という具合になった。花も緑もその命は短いから、そこを狙うというのはなかなか難しいこと、だから最初から狙って歩こうという気はない。




 そんなわけで、たまたま桜や新緑にピシャリと出会えて幸運だった。なんだか儲けた気分、と言っても金には無論ならない。気のせいかどうか知らないが、だんだん歳をとってきて、風景がことさららしく美しく感じるような気がする。



 さて、話は変わって、近頃図書館へ行くことが多くなった。最近の面白い本にはどういうものがあるのか、とんとわからなくなってしまい、たまに本屋をのぞいてみても買いたい本が見つからない。


 それで今まで行かなかった図書館でも覗いてみっか、と思うようになった。なぜ今まで行かなかったかと言えば、特段用もなさそうな老人がたむろしているイメージがあったからなのだが、ここへきて、その用もないのにたむろする老人に自分がなってしまった。


 まあ、たむろするのが嫌だから、適当に本を探してそそくさ借り出し、すぐに帰ってきてしまう。そして暇な毎日、ゆるゆると読みにかかる。面白いと思う本もあればそうでないのも無論ある。その辺はあまり神経質にならずに読もうと思う。暇なんだし。




 こう並べてみると、なんとも爺むさい記事だなあ!
 爺いなんだから爺むさいのは仕方がない、と自分言に言い聞かせよう。


 平穏な日々がありがたい。

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