たまたま日記

たまにしか書かないに日記         遊びをせんとやうまれけむ   戯れせんとや・・・・

ただ歩いてみる



 多摩川の支流のそのまた支流、川口川。
 この川に沿って、街並みが丘陵の奥へと続き、最後は丘陵の低い鞍部を越えて五日市駅へと繋がっている。どこと言って変哲もない丘陵の谷間だが、今までこの全行程を歩いたことがないから、歩いてみようと思う。どうせ暇だし。
 ただ、ちくっと問題がある。ざっと地図上で距離を測ってみたら18㎞あった。あっちへふらり、こっちにふらりなどしたら、20㎞を越えそうだ。ちと長い。最後はへろへろになって動けないかもしれないなあ、などと考えたが、そんときゃそん時、いてまえ!



 天気はいいが、季節は秋だしするから長袖を着て出かけたら、これがまあ、猛烈に暑い。冗談じゃないほど汗まみれになった。そうして住宅地の中を、てくてくしていると、目の前の畑一面にセイタカアワダチソウが茂っていた。
 まさか栽培しているわけでもなさそうだが、びっしりと茂って、嫌われものの草ながら、その穂が逆光に小金色に輝くさまは美しくさえもある。どんな草でも木でも、一番出盛りの、旬の時期は、それなりに美しく映えるものらしい。



 ようやく川筋に出た。両岸を歩けるように整備されている。川筋へ出てもあまり風が通らないから相変わらず暑い。住宅が並んでいるだけで木陰もない。川の中は雑草が茂り放題、余り美しくはない。だからこんなところを歩く人もいないらしい。ぽつんと独り。



 だけど中流部に行くと、川岸は遊歩道になって木陰も増え、向こうの丘陵の森も見えてきて、ようやく息がつけるようになってきた。こうなると歩くのが俄然楽しい。花水木の赤い実だって、秋の青空に美しく見えたりするのだ。
 丘陵のどこかから湧き出してくる小さな川を溯って、だんだん谷の奥へと辿って行くのは、なかなか気分がいい。木や草が増えてきて山が見え、山の木々もはっきり分かるようになり、遠くへ来たような錯覚を抱く。その気分がいいと思う。



 そろそろお昼なので、山際のお寺で休もうと思う。丘陵の裾に2寺並んで立派なお寺があるから、その1軒の方へ行ってみる。ゆるい坂を上って突き当りに階段があり、真新しい本堂が見えている。扁額に長福寺と書いてある金文字がピカピカ光っている。
 本堂の回廊に腰掛けてすっかりくつろぎ、おもむろに昼飯に取り掛かろうとしたら、墓地の方から若い女性が下りてきた。ちょっと休ませてください、というと「お参りですか? あら、五日市の方へ歩きで? まあそれは大変ね」と言ってどこかに消えた。


 すぐ戻ってきて、飴を2個差し出しながら「気付けにどうぞ。ここでの飲食はできませんが、もしよろしかったら事務所の脇にテラスがあるのでそちらでどうぞ」という。おそれいったるご親切、さっそくテラスに行ってみた。
 スチール製のテーブルと椅子が3組置いてあり、この上なく立派な休憩所だ。今までお寺で休憩したこと数知らずだけれど、こんなに親切な扱いは初めてだ。単なる通りすがりの汚らしいおやじに過ぎないのに、もったいなき仏心かな。目の前の金剛力士の隆々たる立ち姿を眺めながら本格的に寛いだ。

  



 有難く休ませてもらい、歩き再開、また川口川の岸辺に戻る。お寺に立ち寄ったせいではないと思うが、路傍の古い石仏についカメラを向けてしまう。お地蔵さんらしいけれど、歳月に磨かれこすられ、顔も体もとろけていくらしい。そして花が供えられている。



 青い秋空にコスモスが揺れている。こういう風景には、華やかな感じを抱くと同時に、空が高すぎるからなのか、なんだか寂しい気もする。秋は淋しいというけれど、夏の真っ青な空もやっぱり寂しい。人間は基本的に寂しいものなのだろうか。



 圏央道が頭上高く横切るあたりへ来ると、岸辺の道がなくなって街道に合流した。車ブンブンであり、面白くない。脇道へ入ってもすぐにまた街道に連れ戻されてしまう。諦めて街道の歩道を行く。
 しばらく行くと、川向こうの丘陵に高尾へと通じる「美の山通り」が別れていく。そうか、ここから南へ下るとすでに高尾か、と思う。通りの名に惹かれて、そちらを歩く誘惑に駆られるが、全く知らない道だ。どれほど距離があるか知れたものじゃない。
 


 そろそろ丘陵の鞍部を越える旧道の分かれ道があるはずだが、よくわからない。ちょうど道端にお爺さんがいたので聞いてみたら、よく知っていた。「今は車が通らないから、静かでいい道じゃ。緩やかだから歩くにゃちょうどよかんべえ」
 旧道の分かれ道は、車通せんぼで、坂道とも思えない緩やかな勾配をうねりながら続いていた。かき消すように車の騒音が消え、鳥の声に気づく。誰一人いないから少し心もとないが、舗装されていて歩きやすい。


 少し上って、はや頂上のトンネルが見えてきた。頭上に樹木がかぶさって空気が湿っている。トンネルはごく短いもので何の支障もない。抜け出ると大きくカーブして街道の新トンネルの出口につながった。



 街道の歩道を歩いて下っていくと小峰公園のビジターセンターがある。五日市駅まではもう何ほどの距離もない。まだ3時前だからここで厭きるほど休んでいくことにした。大きなベンチに腰を下ろし、靴を脱いで靴下も脱いでゆっくりする。
 センターの脇で若い女子職員が黙々と機材を片付けている。あっちへ行ってリヤカーを引っ張ってきて、機材を積んでどこかへ運んで、戻ってきてまた機材を積んで片づけて。投げやりでもなく、ただ黙々と一人作業を続けている。



 



 ビジターセンターで嫌になるほどゆっくりし、それから秋川の橋を渡る。
 目の前が五日市駅。ここまで約21㎞。
 時刻は4時ごろ。ちょうどいい。

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